TOPページへ

エッセイ



高橋利全の経済政策提言


 1 日本経済低迷の原因

 日本経済は,1993年から2002年にかけてのいわゆる「失われた10年」(=経済低迷期)を脱したといわれていました。しかし,回復し切れないうちに見舞ったのが2008年9月のリーマン・ショックでした。当時の麻生太郎総理は,100年に一度といわれる大不況から日本が一番最初に抜け出して見せると大見えを切りました。その自信の背景には,日本は,アメリカと比べるとサブプライムローンの影響をそれほど受けていない(事実,そのとおりでした。)ということがあったのでしょう。しかしながら,今日本は,世界で最も景気回復が遅れている国になってしまっています。これはとて 

も理不尽なことのようにみえます。
 一体どうしてこうなってしまったのでしょうか。1番の要因は,日本経済の輸出依存体質が挙げられます。世界経済が低迷したことにより,購買力低下→輸入の減少→輸出の減少,という現象が生じ,日本のような輸出に依存した経済が最も打撃を受けたというわけです。2番目に,日銀の消極的な金融政策が挙げられます。「失われた10年」のときと同様,今回も日銀の金融政策は,too late,too little でした。以下のお話は,金融政策はどうあるべきかということに関するものです。
2 日本経済の抱える根本問題
 日本は,世界で最も深刻な少子高齢化社会です。相対的に少ない勤労世代が社会全体を養っていかなければならないのですから,普通に考えれば,日本経済はますます元気がなくなるということになります。その上問題なのは人口の減少は,必然的に需要を減少させるということです。減少する富に減少する需要ということになると,経済の規模も縮小せざるを得ません。すなわち,日本経済は慢性的に需要不足の状況にあるということになります。
 需要不足の経済にとって,需要を創出する手っ取り早い方法は,公共投資でした。しかし,これ以上の公共投資をするべきでない(より正確には,できない)ことについてはコンセンサスがあるように思います(もっとも,経済状況によっては,現在でも需要創出のケインズ的手法が有効であることは疑いありません。)。
 このように,日本経済が慢性的需要不足の経済であること,政府による需要創出があまり期待できないことの2点が,リーマン・ショック等の外的ショックによる問題とは区別されるべき日本経済の抱える根本問題です。
3 期待される日銀の役割
 政府による財政政策の出動にあまり期待がもてないとすれば,残るのは日銀による金融政策しかありません。ところが,日銀は,伝統的にインフレ退治には熱心でもデフレ退治には消極的でした。たとえば,3%のインフレと3%のデフレは経済に対する影響は同じと考えているかのようです(極論ですが・・・)。しかし,適度のインフレは経済にとってむしろ好ましいのに対し,デフレはたとえ1%でも経済に深刻な影響をもたらします。なぜでしょうか。答えは,デフレは需要を減退させますし,デフレ下の経済では賃金の調整ができないからです。前者は,デフレは買い控えを促進するということから理解できるでしょう。後者は,企業は,好況下で賃金を上げることが容易であるのに対し,不況下で賃金を下げることは容易ではない――その結果,不況下での企業の合理的経営を困難にし,倒産も増える――ということから理解できるはずです。
 かくして,日銀の役割は,何よりもデフレ退治をすること,そして,適度なインフレに導くということに尽きます。この期待される日銀の役割は,極めて今日的です。すなわち,過去のある時期に経済の足を引っ張っていたのは,もっぱら供給不足ということでした。そしてそういう時代にあっては,モノは作れば作るほど売れたわけで,失業率が低かった反面,インフレが脅威でした。しかし,今日の主要な問題は,慢性的な需要不足ですから,脅威なのは,インフレではなく,デフレです。
 適度のインフレをもたらす上で有効なのは,日銀がインフレターゲット政策を導入することです。こういうと,副作用を心配する人がいます。つまり,インフレに歯止めがかからなくなるのではないかというのです。しかし,1930年代の世界大恐慌と日本の失われた10年の教訓によれば,流動性のわなに陥った経済に対しては,金融政策(=通貨発行量を増やすこと)はなかなか効きません。対照的に,インフレに対しては――第1次世界大戦後のドイツのようなハイパーインフレに対してでさえ――,金融政策(=通貨発行量を減らすこと)は劇的に効くということが実証されています。ということは,中央銀行は,貨幣量のコントロールによって,ハイパーインフレにならないようにすることも難しくないということです。それこそがプロのテクニックといえるでしょう。それなのに,政策責任者たる日銀が,ハイパーインフレをおそれる余り,インフレターゲット政策の導入に消極的であるというのは,本末転倒というべきでしょう。否,インフレターゲット政策は――日銀に対してデフレに対する責任をとれということに主要な狙いがあるのはもちろんですが――,ターゲットの上限以上にならないようにすることも命じているわけですから,その意味でも, インフレターゲット政策の導入がハイパーインフレを招くとの心配が的外れであるということになるでしょう。
 このように副作用を心配する必要がないとすると,インフレターゲット政策は,需要を金融面から創出するものとして,ためらう必要がありません。
4 インフレターゲットの適切な水準
 インフレターゲットを設けるとして,どの程度の水準が適切でしょうか。この点で参考になるのが諸外国の例ですが,1〜3%が多いようです(イギリス,スウェーデン,ニュージーランド,カナダ,イスラエル,チェコ等)。ただし,日本は,この水準では不十分です。なぜなら,日本は前記の構造的問題を抱えているからです。需要刺激の効果をもたせるためには,3〜5%程度は必要でしょう。
 因みに,日本の高度経済成長期は,年率8%程度のインフレ率でした。これでも,多少メニューの書き換えが頻繁だったということはあっても,特段副作用というべきものは発生しませんでした(消費者が困ったといっても,それを上回る所得増加がありました。)。こういうことも,経済の成長には,ある程度高率のインフレが欠かせないことを物語るものといえましょう。